書籍紹介【社会学・社会心理学】

統計・資料

社会学・社会心理学書籍のなかでお勧めなものをいくつかピックアップしてみました(学部1年生に向けて書いたものです)。

『アピアランス 「外見」の心理学―可視的差異に対する心理社会的理解とケア―』

ニコラ・ラムゼイ, ダイアナ・ハーコート(著)原田輝一, 真覚健(訳) 2017年5月出版(原書2005年) 福村出版

人は外見に大きな関心を持つ。私たちは自身の外見に多くの労力と金銭を投資し、他者を外見からの情報に基づいて判断する。このように外見が重視されるなかで、 病気や事故による異なる外見(可視的差異)を持つ人の苦悩の分析や彼らへのケアについての研究が行われてきた。著者らは、これまでの研究が可視的差異を持つ人々のネガティブな経験にばかり注目していることや、外見が「正常」である人の多くもまた外見に関する苦悩を抱えていることを指摘し、新たな視点から見た目への心理的社会的不安に対するケアの可能性を提案する。この本では各章末で「論点」と称した読者への問いかけがなされている。問いかけへの自分なりの答えを考えながら読むことで外見の問題と研究に対する理解がより深まるであろう。

『心の中のブラインド・スポット : 善良な人々に潜む非意識のバイアス』

M. R. バナージ, A. G. グリーンワルド(著) 北村英哉, 小林知博(訳) 2015年9月出版(原書2013年) 北大路書房

「〇〇のカテゴリに属する人は劣っていると思いますか?」この質問に「はい」と答える人はそういないだろう。それは、人を差別するような人間だと思われたくないためについた嘘かもしれないし、自分はそんな人間ではないという意思表示かもしれない。しかし、人は皆自分でも気づかないうちに他者をカテゴリ分けし、カテゴリに基づいた判断を行っているのである。そして、無意識になされた判断は行動に大きな影響を与える。この本は、嘘や意思表示を取り除いた他者への無意識の偏見を測定できる手法、IATを用いた研究の紹介を主軸に、アメリカの人種差別問題に迫った。著者は日本語版の刊行にあたり、「同じことが日本でも起こるだろうか」「本書で説明されている思考によって日本文化のどういった特徴が説明できるか」について考えながら読んでほしいと述べている。

『スケープゴーティング : 誰が、なぜ「やり玉」に挙げられるのか』

釘原直樹(編) 2014年12月出版 有斐閣

事件や事故、災害は誰のせいだろう?時として、ある特定の対象があたかもそれらを引き起こしたかのようにやり玉に挙げられ、非難されることがある。これをスケープゴーティングという。スケープゴーティングが起こるのは、人々が誰かをスケープゴートにしていじめたいと思っているからではない。それは、人々が自身の不安を解消しようとする過程や、無意識の心の癖によって起こって「しまう」のである。この本では、どのような心の過程や癖がスケープゴーティングを起こすのかを社会心理学の知見から解説(第Ⅰ部)したのち、メディア報道に見られるスケープゴーティング現象を事例から分析(第Ⅱ部)する。コロナ禍での感染者へのバッシングや特定地域へのネガティブなレッテル貼りなどの問題は、社会心理学の知見をもとにどう解釈できるだろうか?ぜひこの本を読んで考えてみてほしい。

『ステレオタイプの科学――「社会の刷り込み」は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか』

クロード・スティール(著) 藤原朝子(訳) 北村英哉(日本語版序文) 2020年4月出版(原書2011年) 栄治出版

「女性は数字に弱い」、「文系の学生は非論理的」―このようなステレオタイプは多く存在する。筆者らの実証研究は、本人がステレオタイプを気にするだけでパフォーマンスを下げることを明らかにした。例えば、「女性は数字に弱い」というステレオタイプに自分を当てはめられることを恐れた結果、集中力を欠いて反対に数学の成績が悪くなってしまう、といったことが生じるのである。これを著者らはステレオタイプ脅威と呼ぶ。この本の特徴は28項の記述「本書の目的は、ステレオタイプ脅威が強力でしぶといため克服は不可能だと証明することではない。その反対だ。」に集約され、ステレオタイプ脅威克服のための具体案が実証的知見をもとに提言されている。この本から、(1)自分やある集団に属する人々はどのようなステレオタイプ脅威にさらされているか?(2)そのステレオタイプ脅威はなぜ起こると考えられるか? (3)(2)をもとに、その克服のために個人/社会として何ができるか?といったトピックについて考察してみてほしい。

『「女子マネ」のエスノグラフィー : 大学運動部における男同士の絆と性差別』

関めぐみ(著) 2018年2月出版 晃洋書房

セクハラ行為の発生や女性的とされる役割の押しつけなど、運動部における女子マネージャーと男子選手の関係の非対称性が問題となっている。どのようにすれば女子マネージャーの主体性が尊重され、自分の能力が発揮できるような組織を作ることができるだろうか?この本は、ホモソーシャル(「ミソジニー(女性蔑視)とホモフォビア(同性愛嫌悪)をベースにした男性同士の強い結びつきと男性による社会の占有」)と女子マネージャーの関係性について彼女たちの経験を分析し、その問いにアプローチする。「おわりに」部分で著者は自身の研究のきっかけとして「社会人になった際に突然男子運動部の<女子マネ>のように扱われているように感じた」と述べている。この本で考察されている組織の構造は、大学運動部だけでなく「男性中心組織への女性の参入」があったときの多くに共通するのではないだろうか。

『がんばること/がんばらないことの社会学 : 努力主義のゆくえ』

大川清丈(著) 2016年6月出版 ハーベスト社

生まれつきの能力は平等か、それとも不平等か?日本社会は前者の考えに基づく「頑張る」ことが賞賛される社会、すなわち努力主義社会である。いかにしてそのような社会ができあがったのだろうか。「頑張らない」を謳った書籍が増えていることは、日本社会の努力主義傾向が薄くなっていることを示唆しているのだろうか。そして、諸外国と比較して日本の「努力」に対する考え方はどのようなものだろうか。この本は、「頑張る」という言葉の分析を通して日本の努力主義社会を分析する。努力に対する考え方が教育や社会保障、働き方などに影響を及ぼすことは想像に難くない。近年取り上げられることの多い発達障害を持つ人への支援の問題やいわゆる「ブラック部活」問題、生活保護制度に関する問題などに対して、この本で述べられている視点から考察できると考えられる。

『心いじりの時代―あやうさとからくりを読み解く―』

大森与利子(著) 2013年12月出版 雲母書房

近年、書店には多くの自己啓発書が並び、その多くが「社会に不満を持つのではなく自分を変えて成功を掴もう」と説く。また、「心の専門家」による個人の「心のケア」の必要性が叫ばれている。これらの言説やそれに基づく産業に共通する特徴は、人々の生きづらさや将来への不安を個人の努力や心の問題として捉える点である。著者は、それらが「心いじり」の、すなわち思考や感情、行動を「いじる」ことで人を一方向に誘導し、操作する側面を持つと述べる。個人の努力や心の問題として人々の抱える問題を捉えさせる「心いじり」は、社会構造から人々の目を逸らさせるのである。著者は「心いじり」の台頭の背景に新自由主義 (政府の介入が少ない自由な市場競争で勝った者が多くの富を得る) に基づいた構造改革があると指摘する。一見個人の問題に思われる問題を社会の問題として捉えなおす視点を養うのに適した一冊であろう。

『たたかいの社会学 : 悲喜劇としての競争社会』

ましこ・ひでのり(著) 2007年9月出版 三元社

ここでの「たたかい」とは、スポーツを代表とするゲーム内での戦いをはじめ、困難に打ち克つための戦いや、いわゆる「勝ち組」「負け組」を決める戦いなど広い意味での「たたかい」である。1章では人々が「たたかいに勝った」というときに何を「敵」として想定し、何をもって「勝った」とみなしているのかが考察され、続く2章、3章では人々に受け入れられている勝者決めルールが皮肉なパラドックスを内包していることが指摘されている。また、たたかいは誰かが勝つ一方で誰かが負けて従わされる序列を生む。4章以降の議論は、たたかいによる序列についてである。例えば権力者/多数派は弱者/少数者を自身に有利な土俵で戦わせることができる(5章)し、年齢や性別(6章)、役割(7章)による支配/被支配の関係が社会に存在する。この本は、現代社会が抱える格差や不平等の問題を考える足掛かりとなるだろう。

なぜ人は困った考えや行動にとらわれるのか? : 存在脅威管理理論から読み解く人間と社会』

脇本竜太郎(著) 2019年12月出版 ちとせプレス

私たちは死を避けられない。しかし不思議なことに、私たちはいつか来る自分の死を過度に怖がらず日常生活を営むことができる。そのことに対する説明のひとつが「いつか来る死への恐怖を和らげる心的防衛メカニズムが人には備わっている(存在脅威管理理論という)」である。この心的防衛メカニズムは私たちを死の恐怖から守る一方で、「よそ者はあっちへ行け」「一人になるのがこわい」「犯罪被害者にも責任がある」「育児は女性がするものだ」「昔はよかったのに」といった困った考えや、その考えに基づく困った行動を引き起こす。それらの困った考えや行動が起こるのは自然なことだから仕方ないと諦めるために研究があるのではない、工夫や仕掛けの手がかりを提供するためにあるのだ、と著者は強調する。社会問題を死の恐怖への心的防衛メカニズムから考える枠組みは、読者へ新たな視点を提供してくれる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました